世界から猫が消えたなら


原作は、すぐに映画化されたようですね。
書店の映像化コーナーに置かれていました。
出版後すぐに購入する習慣がないので、こういったところに置かれていて、
初めて手にすることになりました。
多分映画の宣伝を何度かテレビで目にしていたので、
気に留め手に取ったのだと思います。
ある意味、コマーシャル戦術に見事に
はまっている読者の一人かもしれません。

作中に出てくる”悪魔”は、アロハシャツを着ています。
物語の構造は深刻なものだと思いますが、これによって、
話を軽量化している。さらに後の映像化にためかなとも思います。
そこまで、考え抜かれた作品なのでしょうね。

さて、本題ですが、生きたいという強い執着を主人公からは感じと
れません。生と死に関する普遍的なテーマを取り上げているとは思えません。
最後に確か、父親との和解があったと思います。
許すとか享受するということが、おしまいの始まりなのかなと
思わせる結末でした。

(2016年、60冊目)

『マンガでよくわかる怒らない技術』



この本を読んでいた頃、職場で私が腹を立てていて、怒りをぶつけている人がいたので、そこへ思い入れしながら読みました。
幸いなことに、現在その人への怒りはすっかり解消され、人間関係も良好となりました。
しかし、一度怒りを誰かにぶつけてしまうと、そのあと人間関係を修復、発展させることは非常に困難ですね。
私には他にも怒りをぶつけた人はいるが、人間関係は凍り付いたままがほとんどです。

人間関係を凍り付けてしまうよな「怒り」に到達する以前の状態でも、周りに怒りをぶつけて、
嫌な思いをさせている人はたくさんいます。
そういった、相手を不快にしかさせない「怒り」を自分自身がどうやって制御するのかを説明した一冊です。
そしてこの本は、元は「怒らない技術」という新書版があります。それを、マンガ仕立てにして、読みやすくしたものです。
「マンガでわかる〇〇 」という定番の販売方法ですね。元の新書を読んでいるので、
さらに読む必要がないとは思いませんでした。読んだ本の内容は、普段ほとんど、”海馬”の奥に沈み込んでいるので、
こういった形で読むと記憶が少し蘇ってきます。

この本の中には、その当時私が腹を立てていた人のイニシャルが何か所にも書きこまれています。
またその時の怒りの気持ちもその本の中に走り書きされています。
ある面で、この本の中で紹介されている一種のアンガーログをとるようなことに相当しているようです。
また怒りは第2感情といわれて、怒りの原因となる感情がある。
相手を支配したいとか、優しくしてほしいとか、自分に感謝して欲しいとか、
そういった感情が私には常にあるように思いました。

でも、「怒らない技術」といっても、自分の心の中に生まれる”怒り”をなくそうという取り組みではありません。
そこはもっと違うアプローチがあると思います。
人は怒りたければ怒っても構わない。怒りによいも悪いもありません。
怒りの表現・表出の仕方によい悪いがあるだけ。
怒りの8割は、自己満足のために表出している不要な怒りだと言われています。
先ずは、自己満足のために表出してしまっている8割の不要な怒りをなくしましょう。
そして、2割の必要な怒りを正しく表出させましょう。この本は、感情のコントロールについて書かれています。
感情のコントロールができれば、人生をコントロールすることができます。

その通りだと思います。
トレーニングによってそれを手に入れるか、加齢による衰えでその怒らなくなるかのどちらかですが、
早い時期に、トレーニングによって、「怒らない技術」=「感情のコントロール」を手に入れた方が、
いい人生を送れると思います。

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『日本はこの先どうなるのか』


日本は、深刻な財政状態ではないとの主張が基軸になっています。
借金は、実質100兆円であり巷間言われている1100兆円ではないとも。
日本は様々な資産を保有しており、なおかつ日本銀行は政府の銀行であり、
会社で言えば子会社に相当するという考え方(国際的にはそう見られる)で
バランスシートを作成するとそういう数字になるとのこと。
著者は元財務官寮でであり、実際にそういった資料を作成していたと書かれています。
しかしこのままでは日本の財政状況は悪化していくことは分かっている。
それを回避するには、「増税を実施し、社会保障や地方交付税の大幅削減」しかない
というのが財務省のシナリオだそうです。
ビックリしたのは、財務省のウェブサイトに財政改革ゲームなるものがあり、
財務大臣になって財政改革をします。しかし、このシュミレーションゲームは、
増税と社会保障費の大幅削減をしなければクリアーできない。
こうやって国民への刷り込みを進めているとのこと。
滑稽な気もするが、ちょっと恐ろしい企みのような気もしますね。
もう一つ面白かったのは、選挙がなく民主主義がない中国に、
AKB48の選抜総選挙を広めて、選挙の価値を知らしめるというアイデイアです。
そうか、かの国には、確かに選挙が無いんだな。
AKB48はマスコミより平和へ貢献できる!ということです。

おわり

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「めんどくさい」がなくなる本


「つまらない」がなくなる本の続編本です。
当然ですが、著者も同じです。

この本を手にしたのも、会社の職場に気になる人がいるからです。
「めんどくさい」と口にされることが時々あるので、何かサポートできる考え方が、手に入ればと思い購入しました。
実際には、『「つまらない」がなくなる本』と同時に購入しました。同時に並べて平積みされていたので買っちゃいました。
売る側の作戦でしょうが、見事に呼応してしまいました。

喜怒哀楽、妬みに続く人間誰もが持っている「第6の感情」が「めんどくさい」と上手に付き合っていくため、
「めんどくさい」をスッキリ解消するための心理テクニックを満載しています。

「めんどくさい」と感じても、無理なく行動するために!
このためにやる気やモチベーションは関係ありません。
アメとムチ、努力、根性、忍耐も使わない、実証済みの心理テクニックを使って、「めんどくさい」を解消するものです。

第1章 なぜ「行動するのが、めんどくさい」が起こるのか?
第2章 「行動するのが、めんどくさい」がなくなる4つの原則
第3章 「行動するのが、めんどくさい」を消す技術
第4章 「行動するのが、めんどくさい」をなくす10の工夫
第5章 「人間関係がめんどくさい」のメカニズムと対策
第6章 相手に関係なく、自分が幸せでいられる6つの方法
第7章 苦手な人にうまく対応できるようになる方法
第8章 嫌いな人が気にならなくなる5つのステップ
第9章 「何もかもがめんどくさい」を解消して、希望を取り戻す


第1章
行動力を上げるのに「やる気」はいらない。さらに「意志の力」「モチベーション」も関係ないとしています。
多くの幸せな成功者の頭の中には、こういった「やる気」「モチベーション」という言葉がない。
では「やる気」に代わる行動するのに必要なものは「パッション(情熱)」だと。
やる気やモチベーションを上げるというのは、「あまりやりたくないことをやらないといけない」という意味が裏には隠されている。
これらは短期的なものにしかならない。アメとムチでは「めんどくさい」は消えない。
アメも効果がすぐに通用しなくなってしまう。”慣れ”による脳の特性ですね。
この「アメとムチ」の概念から脱却しなくては「行動するのが、めんどくさい」から脱却することはでいない。
自分の「心のブレーキ」=「めんどくさい」という感情を自分の意志で、好きな時に外し、
自分の持っている無限のエネルギーを発揮せるようになることです。
この「無限のエネルギー」とは「パッション」と「ミッション」です。
パッションは情熱でありミッションは人生の目的です。
「何の制限もなくすべてが実現可能だとしたら、あなたは何をしていたいですか?
何を持っていたいですか?どんな人になっていたいですか?」この自分が望むことが明確になっていて
それが実現できると確信している人が、夢や目標を叶えていく。
そのとき行動できい「めんどくさい」という感情への対処方法を知っていたなら、それらの実現は一層確かなものになる。

第2章「行動するのがめんどくさい」がなくなる4つの原則
まず「めんどくさい発生のメカニズム」
・「やらなきゃ」と思う→いろいろ考えてしまう→「めんどくさい」と感じる
何かをやろうと考えれば考えるほど、めんどくさいを感じてやりたくなくなる。
Kさんがいつもいっていることに似ている。
この「行動するのが、めんどくさい」をなくす4つの原則
第1の原則
「やらなきゃいけないこと」を減らす
普段の生活の中で、できる限りやらなきゃいけない減らす。
本来やる必要のないことをやらないようにする。
→それでは、どうやって”減らす”のか?
「やらなきゃいけないこと」を減らす3つのステップ
ステップ①「めんどくさい」と思ったことを紙に聞く
 書くことで、頭の中に浮かんでくるネガティブな考えを放出していく。
ステップ②自分に質問する
 「自分は本当にこれをする必要があるのだろうか?」
 自問自答する感じですが、自分が尊敬する人ならどう判断するだろうと考えること も有効だと。
でも選択は直感的でいいとのこと。自分に問うことが大切なですね。
ステップ③「自分はやらない」という選択をする
 自分がよくよく考えてやらなくてもいいと考えた場合は、その選択に従う。
 人にお願いすることもあり。

第2の原則
「やらなきゃ」と思わないようになる。「やらなきゃ」という考えは主観的なもの。
この「やらなきゃ(Must)」を「やりたい」、「やってもいい」に変えれれば「めんどくさい」という気持ちがなくなる。
→「やらなきゃ」と思わないようにするための2つのステップ
ステップ①自由な心を取り戻す
「やりたい」と思って今の仕事に就いてのではなかった?いつから義務のように「しなくちゃいけない」になってしまたのか?
今一度自由な心を取り戻して、その仕事に向き合ってみよう。
第3の原則
「やらなきゃ」と思っても、いろいろ考えない。
「やらなきゃ」と思うことについて考えをめぐらし始めると、「めんどくさい」と行く感情が引き出されてしまう。
第4の原則
工夫して、とにかく行動する。
とにかく行動をし始めれば「めんどくさい」という感情は薄れる。
これは、最近の行動科学でも言われていることのようだし、昔から”やってるうちに面白くなってくる”という
古典的な認識とも通じます。

第3章
「行動するのが、めんどくさい」を消す技術
・考えるのは、消していいことではない。人は1日6万回考えるが、95%は前日または前々日と同じことで、
80%はネガティブなことだそうです。「ネガティブ・バイアス」といって「ネガティブ」なことほど記憶に残ってしまいます。
「考えすぎない」ことを意識的にすることが大切になる。その有効な手段が「瞑想」することです。
この本では、瞑想に代わる「ネーミング・ウォーク」といって、歩きながら物に名前を付けていく方法を紹介しています。
また効率的にやりたいという考えを手放し、効率より継続を大切にすること。

以上

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『幸せになる勇気』


青年(若い教育者)と哲学者の会話形式を、前作(嫌われる勇気)から同様でとっています。

青年が、前回の哲学者との出会いで学んだアドラー心理学を、教育の場で実践したが、全くうまくいかず、
またしてもアドラー心理学を否定するために、哲学者と会話を始めるという設定です。

アドラー心理学において、幸福とは、その場に留まっていて享受できるものではない。
踏み出した道を歩み続けなければならない。
そのために「人生における最大の選択」をすべきであり、その選択とは「愛」だという。

これが、アドラーが辿り着いた結論だと書かれています。

この結論ゆえに、アドラー心理学は、宗教ではないのか?
という疑問から哲学者と若い教育者の会話が始まります。
なぜ宗教だといわれるのか?
若い教育者は、アドラーは、まるでキリスト教が説く隣人愛のような甘ったるい説教をしていると詰め寄ります。
事実、アドラーが「共同体感覚」という概念を語り始めた時、「こんなものは科学でない」といって、
多くの仲間がアドラーのもとを離れてしまいました。

しかし、哲学者はこう答えます。
すべてを知っているといって、知ること考えることをやめてしまうとそれは「宗教」へ足を踏み入れている。
しかし、自分は何も知らないということを知って考え続けることが哲学であり、アドラー心理学にも言えることだと説明しています。
この考え方は「無知の知」と呼ばれる概念です。

この後、本文の中で展開されていく青年の主張は、きわめて一般的で正論であると思え、共感すら覚える部分があります。
しかしそれらに対する哲学者のアドラー心理学に基づく答えは、人間、あるいは人間関係の本質で核心的な内容です。
テーマが教育であり、私が所属する組織の中で担当している仕事である点からも、
様々な気づきがありました。

●教育の目標は「自立」である。
教育とは「介入」ではなく、自立に向けた「援助」だと説いています。これはアドラー心理学の根幹である
「課題の分離」によるものだと思います。これは誰の課題なのか?「自分の課題」と「他者の課題」に分離する。
承認欲求さえも「他者の課題」であり、他者の人生を歩むことになるとしています。
「自立」とは、自らの手で自らの価値を決定することである。一方、自らの価値を他者に決めてもらおうとする態度、
すなわち承認欲求は、ただの「依存」であると。

●教育者は孤独な存在です。
誰からもほめてもらえず、労をねぎらわれることもなく、みな自力で巣立っていく。感謝すらされることのないままに。
この孤独を受け入れよ。生徒たちからの感謝を期待するのではなく、「自立」という大きな目標に自分は貢献できたのだ、
という貢献感を持つ。この貢献感の中に幸せを見出す。それしかないと。そして、幸福の本質は「貢献感」なのだと。
もし「あなたのおかげで」という言葉を待っているのなら、あなたは、彼らの「自立」を妨げていると。
<この考え方は、教育に携わっているものなら必ず溺れてしまう自己承認欲求を、真向否定しています。
そこまで言われることはないのでは?とさえ思います>

しかし、哲学者はこう続けます。
自分の人生は、日々の行いは、すべて自分で決定するものなのだと教えること。
そして、決めるにあたって必要な材料ーたとえば知識や経験ーがあれば、それを提供していくこと。
それが教育者のあるべき姿なのだと。
<自己責任を負えるということは、自立していると言い換えれるでしょう。私たちの組織では「自律」という字を使います。
ただ、組織の中においては、自己責任で行動できないこともあるので、そこをはき違えないで指導をしなければなりません。
個人的には、この考え方が昇華したものが、「自由」だと考えます。
自らを由とする生き方をすることに他ならないと考えます。

●メサイヤ・コンプレックスについて
哲学者は、悩める青年にこう言います「あなたが教育者の道を選んだのは、子供たちを救いたかったからではない。
子供たちを救うことを通じて、自分が救われたかったのです」他者を救うことによって、自らが救われようとする。
自らを一種の救世主に仕立てることによって、自らの価値を実感しようとする。これは、劣等感を払拭できない人が、
しばしば陥る優越コンプレックスの一形態であり、一般に「メサイヤ・コンプレックス」と呼ばれています。
メサイヤ、すなわち他者の救世主たらんとする心的な倒錯です」
とても手厳しい指摘です。私自身に向けられていて、胸にぐさりと刺さる言葉です。救世主になっているとは思わないけど、
「ええことしてる」という感覚は、それなりにあると思います。認められたい承認欲求と相まっているので、やっかいかもしれません。
しかし、その”やっかいなもの”を抱えて生きていくことも自分自身の人生だろうと思います。
この”やっかいなもの”に対する認識は、全く別の本「ふがいない僕は空を見た」(窪美澄)を読んだ時に生まれてきました。
その本の中に、”やっかいなもの”についてこう書かれています。
誰にも話すことができない、心の中にあるもの。それは灰色掛かった煙幕の中に、確かに蠢く”恐ろしいもの”や”氷のように
怜悧なもの”であり、決して温もりを持たない。また”真新しい薄紙のエッジが引き起こす痛み”のようでもある。
捨て去ろうとしても決して心の中から無くすことができなくて、今日まで、自分が養い続けた「やっかいなもの」です。
それを捨て去ることは、誰にもできない。ただただ、ともに息苦しく感じながらも、生きていくしかないということ。
これを読んで、自分は、まだまだ”やっかいなもの”と生きていくんだと思いました。

●私であることに価値を置く
他者からの承認を求めるのではなく、自らの意思で、自らを承認するしかない。
「わたし」の価値を、他者に決めてもらうこと。それは依存です。一方「わたし」の価値を自らが決定すること。
これを「自立」と呼ぶ。それができないのは「普通であることの勇気」が足りていない。
この考えが昇華したものが「フロー」状態と呼ばれるのかもしれません。

このアドラー心理学は、他の心理学に比べて難解といわれています。
昨今注目されていますが、今まであんまり耳にしなかったです。
私自身も他の心理学と比較する知見はありませんが、この本を読んだだけでも、
体系的に理解し腹落ちさせること無理だと感じます。知識として保有することは可能な気がしますが、
実践し人生の中に埋め込むのは不可能な気がします。
知識としての域を出ないように思います。しかし、色んな切り口で、私自身の「コンプレックス」を突いてきます。
自分にシニカルな冷笑を浴びせつつ、大きく人生の軌道を逸脱しない抑止的な”考え方”として
”そばに”おいておきたいと思いました。

本は、5つのパートで構成されています。
第一部「悪いあの人、かわいそうなわたし」
第二部「なぜ「賞罰」を否定するのか」
第三部「競争原理から協力原理へ」
第四部「与えよ、さらば与えられん」
第五部「愛する人生を選べ」

この本は、2016年4月に、私の誕生日プレゼントの一つとして、職場の女性たちから頂いたものです。
大変遅くなったのですが、読み終えた感想をまとめました。
いつも、お気遣いいただきありがとうございます。

2016年、56冊目です。

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プロフィール

トホトホWALKER

Author:トホトホWALKER
性別 男性(家族有)

職業 サラリーマン
居住地 西日本の地方都市

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