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『考える力がつく本 ―本、新聞、ネットの読み方、情報整理の「超」入門』 著者:池上 彰

もちろんですが、この本を読んだら「考える力が」身につくわけではありません。
最近のこのソフトカバー的な本の帯には、「すぐ使える」「よくわかる」「誰でもできる」という
うたい文句が多用されています。お客さんの目を引き、本を手に取ってもらうためのキャッチコピーなのですが、
それ以上の効果が本当に言葉通りあるわけでは、ほとんどの人にとってありません。

ほとんど、自分の能力を向上させる方法や考え方を進化させる方法は、巷間すでに言われているものが多く、
知っているかどうか、知っているならやるかどうかにかかっています。
「考える力」をつけたいけど、どうしたらいいかわからないというのは、この情報過多の時代には、考えにくいように思えます。
それとも、過多ゆえに選択基準が持てないと悩んでいるということなのかな? 
それなら、少しづつ試してみればとも思ったりもしますが。

さて、本の内容ですが、
考える力を身に着けるには、どうアプローチするかがメインに書かれています。
難しいことを簡単に説明してみる。インプットが大切だから、新聞やネット情報にはどう向き合うか、
図表を活用して理解を深める方法、人から話を聞くコツ、本の選び方・読み方が、
池上さんの記者時代の経験も踏まえて紹介されています。最終章で、”リーダーたちは何を読んできたのか”と題して、
ビジネスの一線で活躍しているリーダーたちの読書観や影響を受けた本の紹介があります。
成功を成し遂げた人の人生観やビジネスの考え方にどのように影響を与えたかの話は興味深く、
またこれらの書籍を読んでみたいという気持ちが高まってきてしまいました。

「考える力」とは何なのかという本質的なことについて、次のように書いています。
そもそも考えるとは、自分の中にある情報(インプット)をもとに、自分なりの結論(アウトプット)を導き出す作業です。
質の高いアウトプットをするためには、まずはインプットが重要なのです。

このインプットを増やす代表が、「読書」ということになります。
本お読み方・選び方につても書かれています。しかし、そんななかで、「ハッ」とさせられる一文がありました。
ドイツの哲学者ショーペンハウエルの『読書について』に書かれている内容が紹介されています。
「読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるに過ぎない。
習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペンでたどり様なものである。
だから読書の際には、ものを考える苦労はほとんどない。自分で思案する仕事をやめて読書に移る時、
ほっとした気持ちになるのも、そのためである。
だが読書にいそしむ限り、実は我々の頭は他人の思想の運動場に過ぎない。」
これは、読書家に人にとって、足元をすくわれるような辛辣な意見です。
かれは哲学者ゆえにこのような発言ができると思いますが、アウトプットを伴わない、
読書のようなインプットだけでは、十分考えることが自分の頭の中でできていない。
それのみでは「考える力」の向上に有機的にむずびつかないということですね。
そうです「アウトプット」するという行為までつながって考えることであり、
その循環を繰り返すことで「考える力」が強化されることにあります。

このような、読後の感想をまとめたり、読書会と称して、
過去に自分が読んだ本を誰かに紹介するのもいいことかなと思います。
もちろんそこに書かれている考え方を自分が実践して気づきを得ていくことができれば素晴らしいことですね。
最も難しいアウトプットですね。

そしてもう一つ、「考える力」の重要な基本的要素である「わかる」とは、どういうことかについて、
元京大総長の長尾真氏の著作”「わかる」とは何か”という著書から次のような説明を引用されています。
「話題になっていることに関連した知識はほとんど持っている、しかしその話題がその知識によって解釈できない、
という状態にあって、そこで何かのヒントを得た結果、持っている知識によって、
その話題が完全に解釈できるということが分かった時、「わかった!」ということになる。
(中略)「わかった」というのは、知識を得たのではなく、自分思っている知識によって、
ある状況が理解できたという場合である。

まとめると、「わかる」とは、自分がこれまでもっているバラバラの知識がひとつの理論の下にまとまった時です。

業界著名人との対話で、自分の考えに影響を与えた書籍が紹介されて、
各リーダーたちのRECOMEND書籍もあり、読んでみたいという気持ちが高まってきました。
ファーストリテーリング会長”柳井 正”
・イノベーションと企業家精神
・ホンダジェット
・少しだけ、無理して生きる(城山三郎)

ドン・キホーテ会長”安田 隆夫”
・ビジョナリーカンパニー
・掏摸(中村文則)
・生命40億年全史
中村文則の掏摸がリコメンドされているとは思いませんでした。
私も好きな作家なので、共感できました。

富士フィルムフォールディングス会長”古森 重隆”
・ツァラトストラかく語りき
・日本の知恵 ヨーロッパの知恵
・ジャン・クリストフ

日立製作所元相談役 川村 隆
・「アクション・バイアス」
最近の経営書で、どの会社にも働くエネルギーの高い、いわゆる「いい子ちゃん」はたくさんいるらしいです。
この人たちは髪を振り乱して一所懸命仕事をしています。でも、実際に意味のある行動をとれているとは限らない。
そういう人が全体の4割だそうです。次に働くエネルギーが低く、行動を先延ばしにするタイプが3割くらい。
両者を足すと、7割になります。あとは言われたことはやるけど、それだけという人が2割。本当に自ら目的をつくって、
意味のある行動ができる人は、1割しかいないということです。
・「カラマーゾフの兄弟」
人間がいかに複雑なものかを描いた物語。他の経営者からも紹介されています。
・「ラッセル幸福論」
自分の関心を内へ内へと向けるのではなく、外界へと向けて、
あらゆることに好奇心を抱くことが幸福獲得の条件だと語っている。

星野リゾート代表 星野 佳路
・1分間エンパワーメント
・吹けば飛ぶよな日本経済
・幸福に死ぬための哲学(池田昌子)

レノバ会長 千本倖生
・カラマーゾフの兄弟
・峠(司馬遼太郎)
・蝉しぐれ(藤沢周平)

マックス証券会長 松本 大
・スリランカの赤い雨
・風と光と二十の私と・いずこへ
・エレンディラ

ライフネット生命保険会長 出口 治明
・クリミア戦争
・バドリアヌス帝の回想
・邪宗門

生きる


第127回直木賞受賞作です。

時代は、江戸時代初期でしょう。関ケ原の戦いで敗軍となり浪人となった父が、
ようやく食禄を得た十一万石の主家に自らも仕え、馬回り組五百石の家柄となった男の生き様を描いています。
と言っても彼(又右衛門)の成り上がっていく物語ではなく、主君の死に対し、追腹を切るか切らぬか、
その選択の結果に如何に向き合って”生きる”かを描いた作品です。
登場する人物の心の機微に触れながら、自分の選択を周りの誰もが認めてくれない
という怒りと諦めに抱かれながらも”生きる”ことに気づいていく男の心情が、丹念にそして誇らしく描かれています。
主人公は、自ら望んでその生き方(作中では、家老の頼みで、主君の追腹を切らない)を選択したわけではない。
その選択結果を淡々と、自分に説くようにして生きているように思える。
しかし周囲の目は冷たく彼の生き方に理解を寄せるものは、家族にさえもいなくなってしまう。
その悲観的な状況に追い込まれてから、自らの気づきで再生していく様を描いた作品後半の描写は、
人間の持つ”生きる”力を誇り高いものとして称賛していると感じます。

久しぶりに心揺さぶられた文章。
・・・やがて「いきているのがつまらなくてならない。生きる目当てが霞んでしまうと、
強く生きてゆこうという意志もどこかへ消えてしまった。あるいはこのまま藪のかせ枝のように、
ただかれてゆくのだろう。」という心情に陥っていきます。
誰からも”あなたの判断は間違っていないですよ”と支えて貰えない人間の行き着く心境として必然のように思えてしまいます。
そしてついに暗然たる気持ちは彼を覆い、毎日を無為に過ごすようになる。
やがてその無為に生きる日々にも飽きてきて、
自分にこの選択を迫った元凶である国家老への書状を認め始めるのであった。
「どうせ恥辱に塗れたまま死ぬのなら、恨みつらみを吐き出してやろうと思ったのである」
「ところがいざ恨みを綴り出すと、どれもこれも力を出せば克服できたはずのものに思われ、
書けば書くほど泣き言を並べているような気がした。家中の誹謗中傷は容易に予測されたことだし、
自信さえあればこれほど翻弄されずに済んだのではないか。」
・・・「死んだ小野寺郡蔵(追腹を切らなかった同僚で断食して果てた)の分まで書いてやるつもりが、
胸のうちを文字にしてみると、恨みの正体が見えてきて、その薄さに気付かされたのだった。
長い間、評定を聞いたままに書き留めることに馴れてしまい、
中身の重さや真意について考えないことが癖になっていたのかもしれない。」
(こんなことでわしは苦しんでいたのか)
何もせず、ただ恐れ立ち尽くし、嵐が去るのを待っていただけではないか。
吐けるだけ吐き出し、自分の不甲斐なさを差し引いてみると、
あとに残ったのは不当な扱いをする世間への反骨と、そういう事態を放置している家老や重職に対する正当な不満だった。
そのことに驚き、後悔もしたが、又右衛門は何よりも闇の中に一条の光がさしたように思った。
彼は三日ほどかけて書いた手紙を破棄した。

この経験を経て、彼(又右衛門)は、再び登城し役職を務めだします。

「僅かなことで人は変われるものだと、やがて他人事のような感想がもてたとき、
又右衛門はようやく本来の尊厳を取り戻したらしい自分を感じた。
それが当然のように毅然として白眼を白眼で見返し、青眼を向けてくるものがあれば青眼で応じるという、
感情の生き物としてごく普通のことができるようになったのである。

その後、彼は、自分に面と向かって蔑みを込めて接するものを睨み返し、
「おぬしに人間の値打ちがわかるか」と胸の中で言い返えすことができた。

この男は、孤独のなのに矜持を抱いて生きているといえるのか?
辿り着く境地は、諦観の先にある微かな誇らしさか?

この物語を読んで、この主人公と対局的な主人公を描いた作品を思い起こしました。
北方謙三の「一人群せず」の光武利之です。彼は、「自らを持って由とする」という自由を矜持と共に生き抜いた。
どちらの主人公にも共感を持ちます。男として。

おわり

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『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』


素敵な本だと思うよ。
この年齢になって読むからそう感じるのでしょう。

この本を誰かに進めたいかって?
若い人たちには到底無理だし、かといって老いた母に進めるのも気が引ける。
自分の中の引き出しに仕舞い込んでおくのが、ちょうどいいようだね。
それも少しやわらかめの素材で作られた引き出しがふさわしい気がする。

残された時間が少なくなると、「丸裸の自分」が見えてくる
明日は必ず訪れるが、自分のためという保証はない。
それでも、喜んで明日を迎えるために祈りがある。
人間は誰でも、過去-現在-未来という時間の流れの中で生きている。
過去の出来事、過去に得たものを土台に、未来への夢や希望を抱きながら、現在を生きている。
だから、過去や未来としっかり繋がっているかどうかが、
その人の現在の生き方や自己肯定感を大きく左右します。
一般的には、未来を失うということは、今生きる意味を失うことになる。

今の自分の状態に満足や肯定感がなく不安や生きがいの無さを混じているとしたら、
それは、「やらないこと」を選択してきた結果なのだろう。やらずに済ましてきた結果なのだから、
今の状態は、自分の判断の結果であり、他人に選択してもらった結果ではないはず。
自分の責任なのだ。「やること」を選択し、何かを変えていく『覚悟』があるかどうかが、
私たちの今を変える唯一のことだといえる。

ここ最近仕事をして思うことは、今、あるいは今日「やらない」で先送りしてしまったことは、
もう二度と「することはできない」ということです。
残された時間が少なくなってきたことが、そういう心情にさせています。
「やりきるか」、「やらないか」の2つしかなく、「先延ばし」にする「あとからする」は、できなくなってしまった。

おわり

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ジャンル : 本・雑誌

『情報を活かす力』



池上さんのNHK記者時代から続けている、情報活用する手法を紹介しています。
俯瞰性とかにかなり重要性があると感じました。
デジタル的手法とアナログ的手法(新聞記事のスクラップ等)をそれぞれ、柔軟に使っています。
補完しているといえるかもしれません。
しかし、原点は、問題意識の幅と深さだと思います。
情報活用テクニックをいくら公開して頂いても、自分が関心(問題意識)がないことに関しては、
どんなクリティカルが情報でも素通りしてしてしまいます。
何に問題意識を持つか?
社会全体の動き、政治、エネルギー、教育、文学、スポーツ、領域を分ければ、きりがないですが、
これもあまり絞り込まないほうが、いいのでしょう。

(2016年54冊目)

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『受け月』



野球にかかわる人たちの生き様を描いた短篇集です。
著者、伊集院静は、大学2年生まで野球を続けていた人ですから、
初期作品には野球を通して、”生きるていることの息苦しさ”を描いてるものが多い。
(そういう気がするだけで、正確には違っているかもしれませんが)
後日、彼自身の作家人生を振り返る「なぎさホテル」を読んで、
作品は、事実を基に丹念にそれを描写することが基本になっていると知りました。
すべての作品が著者の体験を投影しているわけではないでしょうが、
”事実は小説より奇なり”と言いますから、人間が関わった出来事には、
たくさんの機微があり、それを目に触れる形にすることができるのが、
著者の小説だということのようです。

ちなみに、私の好きな作家のおひとりです。

(2016年、51冊目)


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トホトホWALKER

Author:トホトホWALKER
性別 男性(家族有)

職業 サラリーマン
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